朝、英会話のZOOMミーティングに顔を出す。今朝のブレイクアウトルームはフィリピンから参加されている常連の方がおられたので、その方にフィリピンの話をいろいろうかがうところからはじめた(やはりこないだスーパームーンを見られたのかとか、今日の天気はどうなのかとかそういう話題である)。その後今日のお題についていろいろ話し合う。1日何千歩歩けば健康にいいと言えるのか(1万歩を目指すことの是非、とでも言おうか)についてが主で、ぼくは職業柄職場をてくてく歩きまわる仕事をしているので1日平気で8千歩もしくは9千歩に達すると話すと他の方に驚かれてしまった。
それが終わると、遅番の日のいつもの過ごし方を踏襲してグループホーム本家に行く。そこで、先日の英会話教室で聞かせてもらった話を1件管理者・副管理者の方々にお伝えする。この話はまだ本決まりとは言えないし、それにうかつにシェアして他の方々にご迷惑をおかけする可能性もありうるのでいまは書けないのだけれど、ぼくも思えば10年間英語を学んでいてついにこんな話をいただけるところまで到達したのかなあ……と思ったことはたしかだった。ありがたい。いずれこの話をここでくわしく書けるようにしたいと思う。
その話の後に、食堂を貸してもらいそこで昨日から読んでいた何致和の長編小説『地下鉄駅』の続きを読み始める。ぼくは本を読む時はあれこれ音楽を流しながら読むのだけど、今日はブルース・スプリングスティーン『ネブラスカ』を聴きつつ『地下鉄駅』の世界を満喫した。自殺志願者の目線と彼らの自殺を止めようとする鉄道会社の従業員たちの目線。そこから、この社会のシビアな実像が浮かび上がってくるつくりになっていると読む。第2章の終わりまで読み、そこで閉じる。この小説はぼくの心をわしづかみにする力があると思った。
ぼくは実は自殺を考えたことがある。酒に呑まれていた頃、毎日毎日「また1日がはじまるのか」「もういいだろう」と思い、その憂さを晴らすためにやけ酒を浴びるように呑んで過ごした日々があったのだ。そこから、死にたいと思っている人に「通じる」言葉掛けのことを考えたりもした。「生きていればいいこともある」「自殺は自分への裏切りだ」といったもっともな理屈は、彼らの視線の強度にどこまで耐えられるのか……そんなことを。いや、この小説はあくまで生者の側を応援するスタンスに立っていると(現段階では)思うのだけど。
その後、11時頃になり本家を出てそして図書館に行く。台湾文学に興味を持ったことと、上に書いた話とのからみで台湾じたいへ関心が移ったこともあってそれで2冊本を借りる。甘耀明『神秘列車』と呉明益『歩道橋の魔術師』だ。やれやれ、いつ読むのかと我ながらあきれてしまったり。なんにせよ、虚心に読めば台湾という国が見えてくるのかなあとも期待がふくらむ。
それで仕事に入る。まず、3連休中に片付けておかなければならなかった年末調整がらみの案件が1件あり、それを大慌てで片付けた後に仕事に入る。3時になり、約束していた現・ジョブコーチとのミーティングのために席を外す。そして2人であれこれ話し合う。ぼくがここさいきん悩まされていたフラッシュバックのことや上に書いた英会話教室がらみの1件などを話す。相手のジョブコーチもこと細かくメモを取りつつぼくの言葉に耳を傾け、アドバイスをくださる。そんなこんなで半時間があっという間に過ぎた。フラッシュバックはつらいけど、でも事態はこうして見てみると前進していると言えるのかもしれないと思った。
それで休憩時間になり、休憩室で先の『地下鉄駅』の続きを読む。ぼくなら、死を思う人にたいしてどんな言葉をかけて(あるいはどんな態度で)接することになるだろう……こんなことを考えるということはぼくはある意味では希死念慮を克服したということかもしれない。いや、実を言えばいまも「もういいかなあ……」と思うことはある。うっすらした陰鬱な感情というかダウナーな感覚と言えばいいか。そんなことを考えつつ半ばまで読む。
その後仕事に戻り、そして退勤時間まで仕事を無事こなす。そして戻り、スマートフォンをチェックする。いまのジョブコーチの前任者の方(ぼくにとっては「メンター」だ)からLINEが来ていることを知る。そのLINEに、ぼくがお伝えした英会話教室がらみの1件について我がことのように喜ばれたメッセージが書かれているのを読み、それもまたありがたく思った。
英会話を学んでかれこれ10年経つのは前に書いたとおりだけど、3年か4年ほど前にふと「だいそれたことはできないにしても、この町と世界をつなぐ『橋』のような人間になりたい」と願ったのを思い出した。その夢はこうして、すこしずつ形になっていると言えるのだろうか……そんなことを考えて1日が終わってしまった。