単純な生活

Life goes on brah!

20251106

今朝、3時頃目が覚める。今日も休みということでべつだん慌てず騒がず、ふたたび眠気が来るのを祈りつつ頓服を飲む。それが効いてくるまでのあいだDiscordであれこれ英語でチャットを楽しむ。その後、5時頃また床に就き起きると7時頃でシャワーを浴びて洗濯機をまわして1日をはじめる。今日の英会話のZOOMミーティングは日本を訪れる価値について(海外向けのニュース記事をたたき台にぼくたちは英語で話している)。ぼくは海外に出たことはないし、ふだん日本国内でさえろくに旅することもないので市内のことを中心にあれこれ「ここでも外国人(移民など)が増えてきています」と話す。

英語であれこれチャットしたり英会話したりすると「すごいですね」という話になったりする。でもぼく自身、はじめて英語をやり直そうと決心した40歳のころはそれこそ錆びついた英語力をあらためて磨き、時には頭の中が真っ白になってなにも語れなくなるという醜態をさらしたこともあるにせよ、そんな修羅場をくぐってなんとか10年かけてここまでやってきた。そこからつい「いや、ぼくはなんらとくべつなことをしてきたわけではないです」と言いそうになる。でも、もちろん「ぼくにできるんだからあなたにもできます」と安直きわまりない謙遜をぶちかますことは失礼というものかなあ、とも思う。

その後、午前中は時間があったので持て余した時間をつぶそうとイオンに行く。そこでいろいろメモパッドを広げて英語でメモを書いてみたり、本を読んでみたりするもぜんぜん頭が働かなかったのは昨日と同じで、なんだかそのうちぐったり疲れてしまう。自分の特性として朝はそういうアイドリングの時間と割り切ってしまうのがいいのかな、と思ったりした。そんなこんなで11時半、約束していた両親とのランチのため隣町の実家に戻った。

そして、両親とランチを楽しむ。仕事について、これからブラックフライデーやクリスマスで職場があわただしくなること。英会話教室に通いそこでいろいろツテに恵まれているということ。その他もろもろ。父がデスクトップのパソコンについて、それでテレビを観られるのかどうか訊いてきた。前に使っていたNECのパソコンではテレビは観られたのだけれど、いまのDELLのパソコンはそういう機能がなくしたがって観られないことを話す。

それで、「テレビを観てないのか」という話になる。ぼくは新聞も取っていないので、じゃどうして世の中のことを知っているんだという話になった。そんなに頻繁に接するわけではないとはいえYouTubeSNS、あるいは友だちとの雑談(それこそDiscordでの英会話など)がソースなのだけれど……両親がぼくのそんなありさまを知って、買っておいて使わずじまいのラジオをくれた。そのラジオはまだ新しく、AM放送など入るようなのでこれからだいじに使おうと思った。

その後、また自分の部屋に戻ってきてしばしくつろぐ。その後、借りていた台湾出身の作家である何致和の長編小説『地下鉄駅』を読むともなしに広げて読むとこれがおもしろく、ほかにも読みかけの本はたくさんあるというのにやめられず読みふけってしまった。第一章を読み終え第二章のとば口を消化して、これはなかなかあなどれない作品ではないかと唸る。手堅く自殺志願者の心理に迫り、そこから生者たちがそれぞれ抱える人生を渋く照らし出す。そこにこの作家の底力を感じた。これもだいじに読めればと思った。

まだ第二章の序盤までしか読めていないので書評めいたことなど書けるわけもない。現段階での感想を粗く・浅く書いておくにとどめるけれど、自殺志願者がまなざす地下鉄駅のサイン(志願者に生きることをうったえかけるサイン)がどう彼らに響きうるか、それがつぶさに書かれていて胸が痛む。ここでこんな自分語りをするのは無粋かと思うが、ぼくもまた自殺を願う心と戦って生きてきたことなどを思い出してしまった。死にたいなら死ねばいい、というやけっぱちな気持ちだ。この小説はそれに答えを出しているだろうか。続きを読みたく思う。

台湾の文学やひいては文化に関してはほんとうにぼくは無知で、だからせいぜい出てくるのがここさいきん気になっている温又柔やあるいはオードリー・タン、そして昔の金城武ビビアン・スーといった人たちに過ぎない。だからこれからいろいろ学び直していければいいかな、とも思った。そんなこんなで夜になり、毎週木曜日恒例の友だちとのZOOMミーティングを楽しむ。こんかいは地元のボランティア活動の一環として英会話教室のメンバーが台湾の高校生たちの通訳を務めるという件がおもな話題で、そこから台湾の話がどんどん広がっていってとても楽しかった。明日時間があればまた図書館かどこかを散策して台湾の作家を調べるのもいいのかな、とも思った。