今日は早番勤務の日だった。今朝、いつものように英会話関係のZoomミーティングに参加し、英語脳を鍛える。こんかい、いざIDとパスワードを入れていつもながらZoomで会議室にアクセスしてフタを開けたところ、他の参加者の方々がぼくのZoomのバックグラウンド(つまり背景画像)にびっくりされたようだった。というのは、なんとなくぼくは以前に描いた「アビー・ロード」的な自作のイラストを背景に使っていたからだ。それが呼び水となって、今日は本題となるトピックに入る前にこの背景画像の話が盛り上がり、そこからぼくがストレス解消の一環としてはじめたことを話したために「いったいどうやって日々のストレスを解消・発散させているか」で話が盛り上がった。この日記でも書いてきた通り、ぼくの場合は『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』などの河合隼雄の発言や記事に触発されて「箱庭療法」としてこんなことをしでかしたわけだが、他のメンバーの方々からは買い物や食事などでこうしたストレスを処理しているという話が出てきて、なかなか勉強になりおもしろかった。
なかでも、ある参加者の方がこんな話をされた。その女性の方はストレスや怒り・鬱憤が溜まってキレそうになったところ、そのできごとから遠くはなれて英文の記事や書物などを読むのだそうだ。そうすると心が落ち着くというか、冷静さを取り戻せるのだということだった。これはなかなかおもしろい。というのは、ぼくの場合も日本語単独の状況・環境に置かれたままあれこれネットをほっつき歩いたりして、そうしてうだうだしていた時よりもこんな感じで英語に触れている時のほうが相対的にかんたんに・スムーズに心を落ち着かせられるからだ。さすがに英文記事を読むほど本腰を入れて英語に触れるわけではないが、英語でメモパッドに記事を描いたりチャットしたりするのはぼくなりの英語の利用・活用法だろう。ならば、そうして痛み止めというか熱冷ましに英語を使う人もいる、ということになる。いや、おかしな話だが。
話は変わって、昼食休憩の際にふとLINEのとある村上春樹関連のチャットグループの議論を見ていて、ふとこんなことを思い出した。英会話関係のLINEグループにて、ぼくは前にある女子高校生のユーザーに春樹の作品でいちばん最初に読むべきはどの作品なのか訊かれたことがあった。それで、ぼくはその場ではなんとなく(あるいは、ぼくが深く深く春樹にのめり込むきっかけとなった作品だったこともあるからか)『ノルウェイの森』を薦めたりしたのだった。ただ、もちろんあれは実にセンシティブな内容をはらんだ作品であることは言を俟たない。また、いきなりあんな長編を読ませるのも忍びないとも思う。この話をその春樹のチャットグループで投稿したところ、やはり異論が出てきておもしろい展開となった。
おもしろい意見が散見され、そしてぼくもあれこれと考え直させられることとなる。いま思うのは、できることなら(根気があれば、という話になるのだが)春樹はそれこそ『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』といった初期作品から読んでほしいということだ。そこからだんだん近年の達成までステップを踏んで足跡を追いかけてほしい、と。そうすることで春樹がどのように作品世界を押し広げ、ユニークネスを開拓していったかがわかるからだ。彼女もそうして、しだいに足跡を追いかけていくことで彼の文体やキャラクターたちの群像が織りなすストーリーのタペストリを楽しめたり理解できたりするんじゃないかなあ、と。どうだろうか。
今日の仕事が終わり、グループホームに帰宅する。そして、以前の5連勤や今日のハードワークで疲れていたのだけれどそれでも休まず(男の意地、なのか)昨日やったようにノートを広げて落書きを書く。アート・リンゼイなんか聴いたりしつつ。その後はくたくただったので、ぼんやり毛利嘉孝『バンクシー アートテロリスト』のつづきを読んだりした。明日は休みだ。

