単純な生活

Life goes on brah!

2025/03/29 おかしくってもダイジョーブ!!

たしか松本俊彦の本で読んだのだったか(熊谷晋一郎、あるいは國分功一郎だったか……もう半世紀も生きるとこうしたかんじんなことを忘れてしまう)、なにはともあれ誰かの本でぼくのような依存症を抱える身には「孤立」は大敵で、「依存先を増やす」ことが「効く」と説かれていたのを読んだ記憶がある。なら、ぼくはまさにそうした「依存先」をたくさん持っている。ぼくは発達障害関連の自助グループに参加させてもらっているし、英語研究会でいろんな英語の文献(英文の新聞記事など)を読ませてもらったりもする。市の国際交流協会が主催する英会話教室にも通い、断酒会にも救われている。こうしたリアルの会合のみならず、LINEにおいても哲学関係のグループに籍を置きそこでいろんなディスカッションを楽しむ。ほかには英会話のLINEグループで英語であれこれ語らったりもする。くわえて、ソーシャルメディアFacebookやMeWeなどをつかったり、その他プラットフォームとしてDiscordを使ったりもする。Twitterのアカウントも持っているのだが、これはなんだか(はっきり書くと)揚げ足取りの極みのようなゴミしか散見されないのでアカウントを消そうかと考えている始末だ。

今朝、いつもながら英会話関係のZoomミーティングに参加しぼく自身の「英語脳」を鍛える。その後、10時になって早番の仕事をはじめた。仕事中、ふとこの人生に意味があるんだかないんだかわからないということをあれこれ考えてしまう。意味がなくても生きているだけで尊い、と思いたい。ただ生き続けることだってそうとう努力というか「死なない工夫」(鶴見済)が必要だろう……ご心配なく、いまはそんなことは考えていない(この脳は平常運転です)。メモパッドや他の紙片にこうしたことを書き留める。この種の非現実的で抽象的で、つまり考えるだけムダなことについて、ふと10代のことを振り返ってしまった。あの頃からぼくはこの発達障害ゆえの生きづらさに悩まされ、いろんなシチュエーションにおいて(いじめに遭ったりディスコミュニケーションに苦しめられたりして)つらくて、だから「生まれてきたのは間違いだったのかなあ」とも思ったりしたのだった。そこから実存主義的な考えまではあと少しだ。あるいは、こうして噛み合わなさに苦しめられたことがのちにウィトゲンシュタイン柄谷行人の「言語ゲーム」をめぐる考えに誘われるきっかけになったのかなとも思う。

あのころ、もちろんたぶんコンピュータ同士のネットワークはあっただろうと思うが(パソコン通信や、あるいはもっと専門的なネットワークが存在していたとは仄聞したことがある)、いまのようなインターネットというインフラとしては結実してなかったはずだ(ただ、ぼくの記憶違いの可能性もある。間違ってたら教えて下さい)。いまはインターネットを使って哲学的で抽象的な質問や柄谷行人チックに言えば「探究」を信頼できる知己同士で繰り広げ、ディスカッションに興じることも可能だ。さっき書いた「人生に意味があるかどうか」的なこと以外には「広島に原爆が落とされたというのはフェイク(デマ)ではないか」という議論だってできる。ちなみにぼくは広島の原爆投下をフェイクだとはまったくもって思わないが、でもこんな質問を禁じていいか・禁じるべきかどうかはまた別種に議論を要するだろう。そこから「アウシュヴィッツダッハウはデマだったか」「デマだったか否かをいちいち相手にして議論を行うより、法で一気に規制したほうが効果的ではないか」なんて議論も可能なはずだ。

ぼくはもちろん、ただの一介のトーシロだ。プロの哲学者には逆立ちしたってなれっこない。ウィトゲンシュタインバートランド・ラッセル柄谷行人吉本隆明といった人たちの域に到達するにはまだまだ修行が足りないというもの。でも、こんな日曜哲学者というかアマチュア哲学者の身として、さっきも書いたグループで哲学に興じれるのは嬉しい。ほかにも英語や発達障害やその他の話題でつながり、ミーティングを楽しめるのをありがたく思う。たまにはたぶんフラッシュバックや怒りや不安や疑念であれこれ頭がおかしくなることもあるけれど、でも友だちがいることが脳を平常運転に保てる秘訣になっているのかなあ、と思う。なにはともあれ、今日も仕事をこなした。その後は阿久津隆の日記を読んだり柄谷行人の『探究I』をめくったり(読んだり、ではない。疲れていて頭に入らなかった)して、その後はスヤスヤ寝た。