単純な生活

Life goes on brah!

2025/03/25 仄暗い井戸の底から

BGM: Oasis - Live Forever

今日は休日だった。今朝、いつもながら時間もあり絶好の英語日和(なんじゃそりゃ)だったので英会話関係のZoomミーティングに精を出す。今日のテーマはなんでも世界でも名高い吉本ばななのニセの新刊がAmazonで売られたというできごとについてだった。その後は部屋にいてもやることもなかったので、これまたイオンにはるばるバイクを飛ばして10分かけてひとっ走り。そこで、さいきん『アンダーグラウンド』『ねじまき鳥クロニクル』なんかを読み進めていることもあってその副読本として前々から読み返したいと思っていた、村上春樹ユング派心理学の泰斗・河合隼雄の対談『村上春樹河合隼雄に会いに行く』を開きしばし読みふけって過ごした。

さいきんになって、あの地下鉄サリン事件のあった日が再来したりしてなんだか落ち着かなくなったせいもあってか、ぼくはオウム真理教のことを(ただの一介の小市民でしかなく、したがって専門家でもなんでもないというのに)あれこれ考えている。もちろん、それこそ「彼らはただの奇矯な人たちの集まり(俗に言う『カルト』)だ」で終わらせてしまえば話は早いし、それこそ利口な態度というべきものなのかもしれない。いや、ガチで浅田彰的にそう彼我を「切り離す」ことで「引導を渡す」ことこそ大人の態度なのかなあ、とも思ったりもする。でも、たぶんぼくの中にはいまだ弱さがあり、あるいは心のなかが虚ろであって、だから彼らの真剣さというかさまよえる良心にいまだどこか惹かれるというか、「ぼくももしかしたらオウムに入っていたのかなあ」「サリンを撒くことを真剣に『世直し』『救済』と信じていたかもしれない」と思ってしまう。言い換えればそんな、喪黒福造が喜びそうな「心のスキマ」がある。村上春樹的に言えば心の中に深い深い「井戸」がある。だから、その穴を埋めるためにあれこれ本を読みふけるのかなあ、とも思った。村上春樹を筆頭に、片岡義男沢木耕太郎多和田葉子といった人たちを。

WhatsAppやDiscordなんかで、いったいどういうわけでこうしたつながり・知遇を得られたのか忘れてしまったが、なにはともあれイスラム教を筆頭に信心深いさまざまな宗教の信者たちの神や信心に対するテキストを読ませてもらう。彼らにはもちろん申し訳ない話になるが、ぼくはいまだ神は信じられない(いたとしたらそれこそAI的な、人知を超えていてぼくたち人間とまったくもって異なる思考システムというか、比喩的に言えば別種の「OS」で動いている存在だろう)。それどころか、過去それこそオウム事件があった時期あたりのあの若かりし頃(つまり1990年代)、ぼくは神も宗教もただの妄想だとさえ思ったりしたのだった。いまならその理由を言語化できるかもしれない。ぼくは鶴見俊輔的に自分のことを「悪」「邪悪」の煮凝りだと思っている。だから救われる価値なんてないかな、とさえどこかで思っている。バカげた、ある意味とても「極端」すぎる発想なのはぼくもわかっているつもりだがぼくはきわめておおまじめに書いている。いまだってぼくの中には邪心・邪念のマグマがある。

午後になり、となり町の図書館で村上春樹中沢新一(読まず嫌いだったのだけど、ついに手に取って読んでみたいと思った)なんかと一緒に借りた平凡社新書の袖川裕美『同時通訳はやめられない』をペラペラめくっていたら、これがなかなか惹きつける1冊でついに読みふける。いや、聞いたこともない著者だったのだがこれは掘り出し物だと唸らされた。袖川はこの本で通訳の仕事について「職人(アルチザン)」という言葉で形容している。つまり、たゆまぬ努力によって日々英語力や日本語力、さまざまなコミュニケーション能力なんかを鍛え上げ、向上させるねばり強さが必要だということになろうか。

いま、ぼくはこの袖川の言葉がわかるような気がする。もちろんぼくの英語力はそれこそ同時通訳なんてことができるたぐいのレベルではないので、袖川の足元にも及ぶわけがない(それこそ「月とスッポン」である)。ただ、それでもイチ英語学習者なりに思ったのはぼくもまた毎日の修練・努力によってこそぼくの英語力が向上してきているという事実だ(ただ、さいきんではマンネリ・停滞を感じたりもしている。その意味でこの袖川の本はカンフル剤になってくれた)。彼女のような熟達した「職人」であっても、事前の下調べや日々向上するための修練を欠かさないことに唸らされ、ぼくもこうありたい・学ばせていただきたいと切に思ってしまった。

来たる木曜日の夜、予定が合えば毎週行われている友だちとのZoomで「ビブリオバトル」(それぞれが愛読する本を紹介し合うイベント)をやると聞いている。この本について、もっと下調べする時間があれば念入りにおこなって、そして紹介したいと思ったりもした。