単純な生活

Life goes on brah!

2025/03/15 音楽は素晴らしい

BGM: フィッシュマンズ - 頼りない天使

今日は早番だった。今朝、ふと思い出したことがあった。というのは今日はぼくにとってはとても大事なメモリアル・デーであるからだ。いまからさかのぼること1999年(だったと思う)のこの日、ぼくのこの生きづらい人生においていつだって支えになってくれていた大事なバンドのひと組であるフィッシュマンズのフロントパーソンである佐藤伸治が亡くなったのだった。そんなわけで今朝は頭の中でフィッシュマンズが生み出したさまざまな名曲群をあれこれ思い返しながら仕事をすることとなり、そしてひそかに哀悼の意を表することにつとめる。そして、一般論としていったいどのように音楽という特異なジャンルの芸術がぼくをいつだって前へ前へと歩ませる起爆剤・カンフル剤的なものになってきたかについて思いをめぐらせたのだった。ぼくにとってはまさに「ノーミュージックノーライフ」だ(言わずもがなだが、だからといって「一般論として、音楽は映画や美術より高尚だ」なんて話をしたいわけではない。大丈夫だと思うけれど不安になったので書いておきたい)。

いつのことだったか忘れてしまったので不確かであいまいな記憶と印象をベースに語るしかないが(むろん、そのことの責任は取るつもりだ)、たしかTwitter(X)でさまざまなユーザーたちが「政治に音楽を持ち込むな」という主張をしていたと記憶する。政治的なイシューと音楽を分けて考えるべきで、早急に双方をまぜこぜにしてしまうのは乱暴過ぎるというのが骨子だったはずだ。揚げ足取りの極みかもしれないが、でもこのことについてはぼくだってそれなりに一家言ある。ぼくはこれまで愛聴してきた音楽について、たとえば坂本龍一佐野元春、プリンスやマイケル・ジャクソンマーヴィン・ゲイブルース・スプリングスティーンR.E.M.といったグループを政治性と切り離して語ることはどだい無理だ(そんなことを言いはじめたらあのビートルズでさえぼくには充分にホットで政治的なグループで、いまだってぼくの政治的な価値観を揺さぶっている)。もちろん、こんなふうになんでもかんでも相対主義的な見解に落とし込むのは卑怯かもしれないがただ音楽の聴き方というのはすべからく「十人十色」「蓼食う虫も好き好き」であるべきで、だからやみくもに他人の聴き方を「邪道だ」「卑怯だ」と批判するつもりはない。いろんな聴き方があっていいとも思う。でも、ここにいてこの文を書き連ねているロートルのリスナーたるぼくとして、この現象は非常におもしろい。

すでにこの日記でも書いてきたように、ぼくの場合はこんなかたちで自然に考えがこざかしい戦略をめぐらす「前に」自然といろんなことを考えてしまうというのが現実なようだ。ちょうどそれこそジャズやレア・グルーヴの「イイ曲」「クラシックス」を聴いてしまうと身体が自然とゆらゆら・うねうね動きはじめてしまうのと似ているのかもしれない。だからそこから考えるに、「政治に音楽を持ち込むな」という見解はそれはそれで尊重したいがぼくとしては「いい音楽はつねにそうして(政治にとどまらず、さまざまなことがらを)考えるように仕向ける・誘う」ものなのだとしか言いようがない。日常生活のシーンやぼくの記憶(それなりに甘美だったナボコフ的な記憶からトラウマまみれの記憶までさまざま)、そしてそれこそ大文字の政治について(減税がどうとか移民がどうとか)ということがらにいたるまでだ。

ただ、ここまで書いたことをある意味ではひっくり返すことになるかなとも思うが付け加えるべきこととして、ぼくのとぼしい言語化のスキルというかテクニックでは音楽というよくわからない(なにせそれは透明でかたちを持たず、下手をするとはっきりした定義だってあるようなないようなものなのだ)ものを相手にしたら分が悪い。というか、ぼくのこれまでの人生においてそれこそ大学生の頃だったかはじめてフィッシュマンズの音楽に触れ、『ロッキング・オン』や『クロスビート』、『エレキング』や『クイック・ジャパン』といった雑誌のジャーナリストにあこがれを隠せなかった時期、ぼくは音楽をまさにこのようにして言葉にせんとあれこれあがいたことがあった。そして投稿さえしたのだった。でも、ぼくの言葉はつねに音楽に負ける宿命にある(いまだってそうだ)。音楽の広大・巨大な魅力にぼくは敗北せざるをえない。それについて謙虚になり、あらかじめこざかしい・せせこましいイデオロギーで音楽を斬ってしまう前に音楽の崇高さを体感する態度が重要なんだろうかとも思った。いやはや、今日はずいぶんでかい話をしてしまったようだ。

仕事が終わり、グループホームに帰宅して後に夕飯を済ませそしてくつろぐ。阿久津隆『読書の日記』をひもとき読みはじめると(再読なのだが)やめられずまったり過ごす。10時より、ロシアの友だちのビクトリアさんが主宰するZoomのミーティングに参加してそこで英語であれこれゲーム(「数独」やオンラインのジグソーパズルなど)に興じた。楽しいひと時だった。ありがとうございます!