単純な生活

Life goes on brah!

2025/03/12 丘の上の愚者の定見

BGM: The Beatles - Yellow Submarine

今日は休日だった。今朝、実は早く目が覚めてしまいそれでうだうだして、頓服を服用し直して眠りについたところそれが功を奏したのはいいがこんどはすっかり寝過ごしてしまい、つまりはいつもの毎朝の英会話関係のZoomには参加できずじまいで終わってしまった。それはもうしょうがないので気を取り直し、朝食を摂った後に私的な朝活をこなすために(裏返せば、ほかに用なんてこれっぽっちもなかった)イオンに赴く。実を言うとぼくは並行してさまざまな本を読むくせがあり、だからいま読んでいる本としては先述したユヴァル・ノア・ハラリ『NEXUS 情報の人類史』以外に日本の名高いリベラリスト清沢洌の日記『暗黒日記』(市の図書館の岩波文庫の所蔵コーナーにあった)を読み進めている。これは太平洋戦争の時期に戦争について批判的な目線から書かれた私的な日記を抜粋して集成したもののようで、実にいま読んでも示唆に富む瞠目すべき見解が書かれており参考になる。ぼくにとってはからウロコがポロポロと落ちる1冊だ。

日本語には興味深い言葉として「定見」というものがある。他人の意見によってそうかんたんに左右されず・ブレず、はっきり一定の固定された見解を責任持って保持し続けることなんだろうとぼくは受け取っている。でも、どうしたらそんな固定された見解を持ち続け「ブレない」「腰の座った」態度を保つことが可能なのかなあ、とふと(それこそ清沢洌の「ブレなさ」「定見」に舌を巻きつつ)思ってしまった。とりわけ、戦争やなんらかの非常事態によって浮き足立ったりしないようにするには……もちろんぼくはただのしがない凡庸な小市民。さかしらぶるのはもちろん滑稽というものだが、でもそれでも言えそうなこととしてはぼくの「定見」(そんなものがあるとしたら、という話になるだろうか)はひとりで沈思黙考して生み出したものではまったくもってありえず、他人とコミュニケーションをかさねて練り上げたものだということになる。言い換えれば他者の存在はどうしたって「定見」を編むために不可欠で、あなたが存在することこそぼくの「定見」のたしかさを保証するとさえ言えるのではないか。

この日記を読まれるみなさんにはすでに周知のとおり、ぼくの気分というのはほんとうにとてもかんたんに・速攻で変わってしまうたぐいのものだ。いや、芯の部分ではぼくはいまもってなお発達障害の「がんこ」で「古くさい」日本人だが、そんな感じで液状化されたかたちのないぼくのとりとめない考えというものはつねに移ろいゆく。だから、そんな気まぐれにこのぼく自身常日頃から悩まされている(ほんとうです)。でも他方では、そんな感じであっちこっち考えが飛び散ったり乱高下したりする気持ち・感情にみごとに振り回されつつも他人と信頼関係をそれなりに固く結べているとするなら、それはぼくが「身体の」ささやきに耳を傾けているからかもしれない。身体はいつだって変わることなく「定見」を示す(たとえば、どうしても上司の指示にうなずけない場合違和感や不調といったかたちで教えてくれたりする)。ここから見えるのは、ぼくはたぶんロジカルシンキングにそんなに重きなんて置いたりしない、知性派・頭脳派ではない肉体派の男ということかなあ、と思ったりする。

午後になり、Twitterにて興味深い議論に飛び込み参加して自説(「定見」?)を語る。ご多分に漏れず、なかには意見交換よりぼくの人格攻撃に終始・腐心する暇な人もいたりしたがぼくは可能な限り平静さを保つことにつとめた(ただ、こうした友好的に建設的な意見交換をめざす場合はどうしたってDiscordやLINE、MeWeの哲学的な専門グループのほうが分があるが)。その後、昼下がりを鶴見俊輔のエッセイ(随筆)に目を通しつつ夕食時が来るまでリラックスして、自部屋でだらだら過ごす。鶴見俊輔が書いていることはどれも示唆に富むが、とりわけ「もしもこうだったら(英語で言うところの『if』)」という視点を仮定して置かれているシチュエーションを相対化・客観視して俯瞰・鳥瞰しつつとらえることがどれほどむずかしいかが語られていることが目を引く。鶴見に賛同し、ぼくもそんな感じで自分を遠目から見る姿勢を試したいなと思った。これはたぶん上述した清沢洌『暗黒日記』ともつながる考え方だ。

どのようにして「もしもこうだったら」シチュエーションを仮定してこのぼく自身をすっぽり覆っている堅い・がんこな思い込みを打破・相対化すべきなんだろうか。そして、さっき書いた「定見」を鍛えてマジョリティ(多数派)に惑わされず、異端呼ばわりされても「定見」をつらぬくべきか(いや、そんなことできるのか否か)。そんなことをあれこれ考えたりしつつ今日が終わった。