仕事をしながらなんとなくこんなことに考えがおよんだ。メモを取る余裕もなく頭の中で記憶しておいて、それを昼休みにメモパッドに英語で書いていく。「いったい自分はどこに向かっているのだろうか?」。この日記にも書き記してきたように、ほぼ毎日参加できる時(正直に言うとそれに加えて「気が乗った時」)ぼくはDiscordやMeWeといった場所で英語でチャットしたり上に書いた朝の英会話関係のZoomミーティングに顔を出したりして英語を学ぶ。その他にもこうして英語や日本語で日記を書いたりあるいは英会話教室に通ったりしていることも英語学習の一助となっているとも思う。いま、ぼくには曲がりなりにも(あくまで「曲がりなりにも」だが)夢というものがあって、それはこの町でプライベートな時間を提供させてもらって市のボランティアのガイドとして英語を披露して役立てないかということだ。それはいまのぼくの仕事と並行・共存できるんじゃないかなと思っている。甘いだろうか。なんでこんなだいそれた夢を持ってしまったのか、それがいつからだったのかもう思い出せないので説明できないが、なにはともあれそんな感じでこの市と世界をつなぐというか「架橋」できる「橋」になれたらな、というのが願いだ。もちろんそのためにはもっともっと学ぶ必要があるんだろうなとも思う。
たしかに……こうして書いてきたことをふと読み返してみて、いまぼくはそんな感じで夢が自分のなかにあることをたしかめる。前までは「夢なんてなくてもいい」「『夢を持て』なんて強者(金持ちとかインフルエンサーとか)が言うたわごとだ」「現実と地道に向き合って生きる生き方が理想だ」と思っていたのに、ずいぶん変わったものだ。ぼくが若かったころ、具体的には20代と30代というたぶん人生における「プライムタイム」というか「早春」の時期を、夢なんてこれっぽっちも抱けずに過ごしたことを覚えている。そんな「プライムタイム」にただぼくがやったことと言えば毎日毎日酒を浴びるように呑んで、その酒にノックダウンさせられて死んだように酔いつぶれて、それで終わりだった。わかっていた。カネも時間をドブに捨てているようなものだった。そんなころ仮に持っていた夢があったとしたら、それは白昼夢や端的に妄想以外のなにものでもない。「Twitterで食べていきたい」とか、それこそ「あっと言わせるようなカリスマになりたい」みたいなたわけた夢想に浸るのがせいいっぱいだったことをいまも思い出せる。
ぼくは今年50になるが、40の歳に一念発起して英語を学び直そう、早稲田にいた頃にそれなりに苦労して学んだ英語を磨き直そうと思い立ちそれから自分なりに奮闘するこころみをはじめた。それから10年目という節目をむかえたわけだ。いや、仕事や日常生活で英語を使うといった環境にいるわけでもないのでそんなにシャカリキになって学んでいるわけではないにせよ、ぼくなりのやり方で研鑽を積んでいるとは言えるかなあとは思う。学び直しはじめたばかりのころ、いったいどうしたらいいかわからず困ってあれこれ悪戦苦闘したことを思い出す。まだリスニング能力もいまほどは優れてはいなかったので、なんとかさまざまな話者たちの英語についていこう・聞き取ろうとあがいてトレーニングしたりしたものだ。それ以外のスキルにしても、こんなふうにして地道に鍛えたというのが実相である……これはたぶん、ぼく自身の生き方そのものやあるいは夢の描き方にも通じるのかなとも思った。芸術のことはまったくもって無知なので誤解があれば申し訳ないが、たぶん点描画を描いていく際にドットをすこしずつ書き込んでいって地道にスペースを埋めて、それでユニークな1枚の巨大な絵を仕上げるのも似た「コツコツ」とした生き方・夢の描き方があるのかなと。それもまた人生だ。
仕事が終わったあと、喉の調子がまだよくなかったので迷ったものの、英会話教室に参加してしまった(もちろん、ほかの方に配慮してマスクをすることを忘れなかった)。今日のレッスンは「マルディグラ(Mardi Gras)」という世界のお祭りについてで、なかなか興味深く楽しいレッスンだった。
