単純な生活

Life goes on brah!

2025/02/28 BGM: フィッシュマンズ - すばらしくてNICE CHOICE

今日は休日だった。今朝、例によって英会話関係のZoomミーティングに参加する。今日のお題はおもに各参加者たちが「一夜漬け」「徹夜」で試験対策の勉強をしたかどうかについてで、そこからそれぞれの参加者たちの睡眠習慣やおもしろエピソード(たとえば、あまりにもたっぷり寝すぎて朝と夜を間違えてしまったとかいう話題)に花が咲く。いつもこうしてこんなZoomミーティングに参加すると迷ってしまうことがあって、それはぼくが自分自身の意見をもっと「押す」というか「猛プッシュ」してアクティブに暑苦しく、それこそ他のメンバーを押し黙らせるとしても語りつくすべきなのか、それとも人のユニークで貴重な意見にていねいに耳を傾けて「聞き上手」になるべくはげむべきなのかがまだわからない、ということである。ふだんこの英会話のZoomミーティングではとりたてて割り振られたルームにて誰がホスト役で司会進行をつとめるなんてことは決めたりしないのだが、なんだかぼくはいつも「聞き手」「聴衆」になってしまい他人の英語を鑑賞する側にまわってしまう。それはもちろん、ひとえにぼくがまだスピーキング(喋り)が達者でも流暢でもありえず練習不足がたたっているのだろう。いや、イヤミではなく本心だ。だがその他にあるとしたらたぶん雑談ができなかったり関係ないことをトンチンカンに思いついてあまつさえ口走ってしまったりするこの発達障害特性もあるんだろうなとも思っている。なんとも因果な性格だ。口は災いの元、とは言うがいっぽうでは喋らないとスピーキング力など鍛えようがないので、どうしたらいいのかいつも迷ってしまう。

それで、実を言うと今朝は不眠によりなかなかうまく寝付けず、そのせいで英会話のZoomがはねたあとはなんだか眠くてそうすると天気もあいにくの空模様(雨は降ってなかったけど)で、そんなこんなで今日はグループホームの本家まで足を運んで話すこと・やることもなかったのでしばし二度寝をした後に1日中部屋にいてだらだら骨身を休めるかと思案したりもしたのだった。だが、そうしようにもおしりがムズムズしてきたりして落ち着かず、けっきょく外に出てイオンに足を運んでしまう。イオンの中にある未来屋書店に行き、そこでだらだら時間をつぶしたあとなんとなく目を惹いた稲空穂という漫画家の、まったく知らなかった漫画『特別じゃない日 はたらく理由』を買い求めてしまう。シリーズものらしいが、そこまで人気を博したものとはつゆ知らず絵柄とあらすじに惹かれてしまったのだった。

昼弁当をいただいた後にその稲空穂の漫画をしばし読みふける。カンのいい方はお気付きのとおり、ぼくはほんとうに漫画に縁がない生活をしてしまっており部屋にある漫画の単行本なんて数えるほどしかない。つまりは門外漢であり、この漫画のできばえがすばらしいか否かまったくもってぼくには批評家的な立場からジャッジすることなんてできない。だからそれを割り引いて読んでもらいたいのだけど、ぼくは読み通してみてこの漫画が実に「沁みる」ぬくもりを醸し出しているいいものだという印象を持った。キャラクターがそれぞれ可愛らしさやユニークな魅力を持ち、そして活き活きと作中で自己主張を繰り広げていてそれがしかし「濁った」「ガチャガチャした」印象に堕していないところを読み取りたいと思ったからである。いや、これは「大作」というか「スリリング」「魅惑的」な漫画ではないだろう。つまり、深いインパクトを与えて心に傷さえつけるような漫画ではありえない(すくなくともぼくにとっては)。でも、良薬のようにじわじわ効いてきてストレスを解消し癒してくれる漫画であると信じる。それはちょうどあずまきよひこよつばと!』的な漫画、あるいはぼくが畏敬の念を以て接してきたフィッシュマンズの音楽にも似ているかなあ、と。

その後、上にも書いたように今日はグループホームの自部屋で午後を思いっきりだらだらと過ごす。それはそれはだらだらと三度寝までするありさまで、その後ジャズの珠玉の名曲群をテキトーに聴きつつ高見浩訳でアーネスト・ヘミングウェイヘミングウェイ全短編1 われらの時代 男たちの世界』を繙いてしばし読む。嗤われるかもしれないが、実はぼくがヘミングウェイとはじめて本腰を入れて取り組んだというか「かじってみるか」と思ったのはせいぜいぼくが40になったころだから、ほんとうに遅い(いまだに『日はまた昇る』『老人と海』など主要な作品群もまったく未読なのだった)。手に取る前は、ヘミングウェイに対して「マッチョ」「ミソジニスト的(女嫌い、という意味です)」という堅苦しい・バカげた偏見を持っておりそれでぼくの目が曇ってしまっていたことは否めない(三島由紀夫にたいしても似たような偏見を持っていたりした)。でも、高見浩の定評ある洗練された日本語で読むとヘミングウェイが実にセンシティブというか鋭利な感覚の持ち主であり、そこからカメラのように眼前の光景を切り取った恐るべき慧眼の持ち主であることがうかがえて興味深い。実は今日はもっと書きたいこともあるが、ここまででだらだら書いてしまった。また別の機会に……。