単純な生活

Life goes on brah!

2025/02/10 BGM: Rod Stewart & Stevie Wonder - What A Wonderful World

今朝、例によって朝の日課としてシャワーを浴びて朝食を摂り服を洗濯した後に、市内にある総合病院に赴く。そこでまず受付を済ませる。ここさいきん続いていためまいのことについてはっきりさせるためだ。まず問診票を書き、いまの状態を書けるかぎり仔細に書き記す。そしてそれを渡して耳鼻科にまわしてもらう。耳鼻科にて、まずスタッフの方がぼくの聴力を検査された。小さな音も聞こえるかどうかをたしかめられ、結果としてわかったのは聴力において異常は見られないということだった。その後、医師の方がその検査結果をもとにあれこれ診察されて生活の様子などの質問をされる。わかったのはこれといっておおきな異常はないけれどぼくの血圧の高さが気になるので「ことによると」それが関係している可能性もあるかもしれないということだった。血流をよくする薬を処方されて、そしてそれで診察は終わった。なんだか狐につままれたような気分だ。

なにはともあれ、病院を出てそれから薬局で薬を待つあいだは昨日少し書いた中島岳志による力作『アジア主義』を紐解き、読み進めていく。その後薬をもらい、グループホームの本家に行く。今日は副管理者の女性が出勤しておられたので、さっそく記憶が薄れないうちに今朝方のその病院の診察のことなどを話す。その副管理者の方が、血圧を測れる機器を手配すべく動いてくださるとのことで話がまとまる。その後、日々の生活の記録を書き記しているチャートを見せてそれをもとにまたあれこれ話し合った。

その後、自室に戻ってローソンで買った豚肉マシマシのラーメンを食べる(そう、さっき血圧がどうとか書いたしりからこのありさまなのだった)。そして横になってぼんやりしていると寝落ちしてしまっていた。午後に、用なんてなかったのだけどイオンに行きそこの未来屋書店にて、前々から気になっていた國分功一郎の新書『手段からの解放』があったので買い求め、その後は今夜おこなわれる英会話教室のための宿題の英作文をあれこれ書いて過ごす。なにについて書いたらいいものか考えあぐねた後、結局昨日のことを書いた(つまり、昨日の日記でも書いたことをまたぞろ使いまわすというかなぞってしまうことになった)。つまり、短く言えばもし内向的な性格で悩んでいる人がいたとしたらその人はその性格を「克服」すべきか否かという話だ。実に刺激的な問いとして、これを書いているいまもなお映る。

それに答えてぼくはこんなことを英作文としてしたためた。たぶんぼくもとっても内向的というか内にこもりやすい気性の持ち主なので、会話で主導権(イニシアチブ)をなかなか取れず右往左往する(したがって、Zoomミーティングなどでホストにならなければならない場合いつだってヒヤヒヤする)。でもその性格について、カンペキに「克服」しようとか「生まれ変わる」「『陽キャ』になる」とか気張ってがんばると、けっきょく疲れ果ててさいあくの場合は破綻さえするだろう。だからぼくは、この性格についてはあきらめるしかないんだろうなと思っている。ヘタレだけどまあしょうがないなあ、と。でもそのかわり、この内向的でヘタレな性格の中にユニークで愛すべき要素や尊厳さえ見いだせないものかとも思う。そして少しずつ、会話の中で「押し」を強くして譲れないところを譲らない強さを身につけ、真に信頼できる人との語らいの場で心を開く修練を積む。それでいいんじゃないかなあ、と思うのだ。過去、この性格を直そうとTwitterなんかでいまで言う「レスバ」なんかしちゃった日々がよみがえり赤面する。そんなこんなで、さっき買った國分功一郎や上に書いた中島岳志をパラパラめくって過ごす。

7時になり、上に書いた英会話教室がはじまる。今日の話題は来るバレンタインデーについてで、アメリカのバレンタインデーの風習について学んだ後に先生がいろいろ質問をされ、それについて生徒たちが英語で話し合う。たとえば、バレンタインデーはいまや立派なホリデー(祝う日)として定着したのか、それとも企業が収益を上げるための方便でしかないのかどうかといったことだ。ちなみにぼくは、これについてはさいしょはもしかしたらそうしたバレンタインデーを祝う習慣は企業が仕掛けたものであり、したがってそうしたコマーシャルなものだったのかもしれないとは思う。でも、いまやぼくたちは(あるいは、少なくともこのぼく自身に限って言えば)そんなバレンタインデーを愛し始めている。それでいいんじゃないかなとも思う。楽しいひと時を過ごした。ありがとうございます。