この日記でもちょくちょく書いてきたことをまたぞろなぞってしまうのだが、今年の7月でぼくは50歳を迎える。今年というのはぼくの好きな作家田中小実昌が生誕100年を迎えたり、あるいは戦後80年だったりとなにかと節目づいているがそれはまあそれとしてぼくの人生においても節目となる年だったりもするのだった。というのは、40の歳にひょんなことからある方の薦めに乗っかったかたちで英語をやり直すことに決めて、英会話教室に通ったりインターネット(とりわけDiscord)を通じて英語学習にいそしむようになったりして、そんなこんなで10年目となったからだ。がんらいぼくは非常に飽きっぽく根気のない人間なので、そんな浮気性な人間がここまで続けられたのはなにかの間違いとしか言いようがない。だがなんにせよ、結果オーライであれなんであれ継続できたのはいいことだ。そして今年は思い起こせば完全断酒に踏み込んでから10年目の年でもあるし、自助グループに入って自分自身の発達障害(自閉症)を見つめ直しはじめてから10年目でもあるのだった。
ふと、そんなふうにして英語を学び直す「以前」の時代のことをあれこれ思い返そうとこころみる。つまり文字どおり酒に溺れていて、英語についてもなんにもしていなくて本もろくすっぽ読めておらず、日々ただ負け犬の気分にひたって生きていた時代のことだ。いまとなってはそんな時代があったことが遠い遠い昔のことのようでもある。そんなふうに感じられるのはこの10年で自分自身の気持ちが前向きに建て直されたというか鍛え直されたから、そのいまの前向きな気持ちにいろどられてしまい過去のことをリアルに思い返せないということもあるのだろう。でも、あの時期はたしかにぼくにとってドブネズミ色というか灰色の毎日であってなんんの希望もなく、夢も救いもひとかけらもなかった時代でもあったということだ。毎日毎日、稼ぎもとぼしいのに酒を買い込み呑んだくれて、酔いがもたらす白昼夢や妄想に浸って生きていたのかなあ、と思い返す(不幸というか、それこそ狂気の一歩手前というかなんとも危ない時代だった)。あの頃の過ごしかたと言えばただ仕事をそこそこにこなして、あとはただ呑んで食って寝て毎日を消化試合のようにこなして、それで終わっていた。ただ世界からきれいに消えたい、永遠に消え失せたい、とかなんとか。まあ「ありがちな話」ではある。でも、ぼくにとっては切実な経験でもある。
ぼくは他人がお酒を楽しむことをいちがいに「やめておけ」とは言いたくない。「人によっては」そうしたお酒はコミュニケーションを進める潤滑油になるんだろうとも思う。あるいは、それこそ「エナジードリンク」になるかなとも。お酒で気分が上がったり下がったり、陽気になったりまったりしたりする快楽なら嫌と言うほど味わったことがあるので知っている。それはいいことかもしれない。でも、「いまのぼくには」もうお酒がひどい麻薬のようにしか感じられないので、個人的に距離を置きたいと願うだけだ。いま、シラフの頭でぼくは原付を白昼堂々走らせることができ、本だって集中して読めて公共の場を白昼堂々なんら後ろめたい思いもせず歩ける喜びを噛みしめて生きている。いや、フェアを期するために言えばいまでも冷たいビールを暑い日になんてことを思ったりもする。村上春樹やチャールズ・ブコウスキーの小説を気取ったり、テレビなんかのコマーシャルにそそのかされたりしてそんなことを考えて、マッシヴ・アタックみたいな青春の音楽でも聴いたりしながらふらふら酔っ払う快楽を妄想したり。でも、そんなことはしない。そういう人生を生きている。
今日は早番で、仕事が終わるとその後どう過ごすか迷ってしまった。というのは、寒波が来ているということで帰りに雪でも降ってきたらどうしようかと心配だったからだ。英会話教室が控えていたのだけど、もう今日はキャンセルしてそそくさと帰るべきか、と。でも、天気予報を見て大丈夫ということはわかったので、レッスン料がもったいないということもあって教室に出席することに決めた。教室がはじまるまで、末席にて参加させてもらっている英語研究会の課題の英文のテキストである「The Boy Who Lived」(『ハリー・ポッター』のいち部分のようだ)を辞書を引き引き読み進める。その後教室に参加して授業を楽しむ。こんかいは、パーソナリティを診断するテストについてあれこれ教わった。これは心理学テストやあるいは占いのようなものかもしれない。MBTIと呼ばれるテストや、十二宮あるいは干支、血液型占いなど。それでふと思い出したのはぼくが発達障害の診断をしてもらった際に受けたWAISで、そこでIQテストや絵を描いたりして性格を見極めんとしたのだった(「負けず嫌いが激しい性格なんですね」と言われたりしたっけ)。そして人生はつづく。
