単純な生活

Life goes on brah!

2025/01/18 BGM: スチャダラパー - アーバン文法

今日は早番だった。今朝、村上春樹関連のDiscordのサーバにてこんな興味深い見解を目にする。いわく、日本のアーティストたちを追いかけていると彼らが好んで海外の作品・達成を「コピー」する傾向があるというのだった(とりわけ、ヨーロッパやアメリカの文化の「コピー」が目立つということになるだろうか)。その見解はほかでもない村上春樹の作品がデヴィッド・リンチの魔性のドラマ『ツイン・ピークス』に影響・触発されていることから来たもので、たしかに『ねじまき鳥クロニクル』はそうしたリンチの作品の影響がベースにあるからこそあんな謎解きめいた・謎で釣っていく迷宮世界的な様相を呈したとも取れると受け取る。すこぶる興味深い考えで、仕事中ぼくもついついそれについてあれこれ考え込んでしまったりした。

日本人であるぼくから見て、ひとまずこうしたことを言えるのではないかと思う。この国において、国内のシーンと外部のシーンとのあいだには高い障壁めいたものが存在しそれがぼくたちの意識の中でこのぼく(あるいは、こうした言い方が許されるなら「ぼくたち日本人」)を隔離している、と。それはつまり、ぼくたちが学び使いこなそうと日々悪戦苦闘する言葉の問題が大きいだろう。もっぱら日本語をこの島国で流通させているぼくたちにとって、グローバライゼーションとかなんとかいう現象・美名のもとに流通されている英語はいまだ(長い時間をかけて学校などで学ぶにもかかわらず)学びにくく、したがって英語圏の文化については逆説的なあこがれ・渇望が芽生えるということになる。

そして、いまさっきも記したとおり日本は島国としての側面が強く、したがってその条件ゆえに外部から隔絶された国であるという自認・自覚を芽生えさせやすい。そうしたことが重なって、文化的な伝統として日本においては過去に「エリート」というか、俗に言う「国際派」の人たちが海外(とりわけ欧米)の文化を日本に翻訳して「輸入」する所作が見られることとなった。そして、そうした欧米の文化を「換骨奪胎」というか「和魂洋才」を意識しつつ改良・加工して日本人ならではのオリジナリティをあふれさせたものへと進展させていったのだと思う。

ぼくは1975年に生まれたので、先人たちがそんな中においてどんなふうに困難な状況を切り拓いてきたのか知らない。ただ、80年代の文化として(かなりざっくりした、偏見まみれの整理になるので訂正願いたいが)鋭利な感性を持つ人たちが「現代思想」「ポストモダン」としてデリダフーコードゥルーズガタリといった人たちをこの国に紹介してそこから日本の言語圏・文化圏において独自の哲学を生み出さんと「応用」「援用」しようとしてきたのだとは思っている。そうした哲学のフィールド以外でも日本の現代文学や音楽などでそうした図式を見出すことはかんたんではないだろうか。春樹がそれこそアメリカ文学の古典を読み込み、そこから読み替えさえして彼自身のオリジナリティを築き上げたのと同じように。

ぼくは自分でもあきれるほど病的なポップミュージックのヘビーリスナーなので、そんなぼくから見て思い出せることとして90年代はじめという時代にクリエイティブなトレンド(傾向)が日本のインディ音楽のシーンにおいて存在した事実だった。当時、先行するアメリカやイギリスの80年代の音楽(ジャンル的にはポストパンクや、日本で言われるところの「ネオアコ」)を自家薬籠中のものとしてそこから独自の日本の音楽を生まんとしていたとぼくは理解している(あるいは、90年代はじめのトレンディな「マッドチェスター」や「セカンド・サマー・オブ・ラブ」も忘れられない)。そうした傾向の帰結もしくは発展形としてフリッパーズ・ギターをはじめとする渋谷系音楽の隆盛は語れるのではないか。

しかし、春樹の文学に話をしぼっていくなら春樹はたしかにそうしたアメリカ文学のカノンたち(『グレート・ギャツビー』や『ロング・グッドバイ』など)だけでなくジャズやAORからも影響されたはずだが、読み込むとそうした仕事がたんなる「コピー」(つまり「イミテーション」「猿真似」)で終わらない、日本的な活き活きしたエッセンスを内包しているとも受け取れる。それがどういう側面からくるものかわからない。オリエンタリズムなのかどうなのか。そんなことを考えたりして今日は終わった。