単純な生活

Life goes on brah!

2025/01/15 BGM: Date Course Pentagon Royal Garden - ジャングル・クルーズにうってつけの日

今日は遅番だった。今朝、毎朝恒例のZoomのミーティングに参加させてもらう。そこにおいてしばし歓談する。こんかいのテーマはそれぞれのメンバーが健康寿命に留意しつついかにして長生きするか、そのための秘訣をワチ合うというものだった。ぼくたちがその議論のために依拠した記事には、適切なウソを付くことがそうした長生きの秘訣であるというようなことが書かれていた。ぼくからすればこれは、長生きの秘訣として作り話をする(つまり、ホラを吹く)ことが骨子になりうるのかなと思った。真剣に・きまじめに生き過ぎてストレスを抱えるのではなく、心にゆとりを持つことが大事ということなのかもしれないと思ったのだった。

その後、いつも通りいつもの時間に(自分でも同じことばかり毎日毎日書きなぐってしまっていて恥ずかしいとも思うが)イオンに行く。そこで、前に書いたように明日のZoomミーティングのための内容を練り直す。いったいどんなことをプレゼンテーションとして話すか……その後、友だちに宛ててメッセージをしたためる。そのうちの一通として、くだんのZoomミーティングのホストの方からそのプレゼンのタイトルを教えて欲しいと依頼されたので「ぼくの青の時代」「二十歳の原点」などを考えた挙げ句「ぼくの修行時代」と決める。このタイトルに沿って、ぼくが20歳だったころのこと(もしくはもっと若かった頃のことを)語るつもりでいる。

たとえば、その20歳のころというのは1995年の話で、日本で阪神・淡路大震災が起こったことが思い出される。また、ぼくが鮮明に思い出せるのはオウム真理教事件地下鉄サリン事件に代表される数々のいたましい事件)だ。そんなことを英語でいつもながらメモパッドにしたためていく。それが終わると、疲れてしまったので気分転換にと思ってイオンの中の未来屋書店に行き本を2冊買う。

知られるように、本には帯が巻かれていることがある。ぼくが買い求めたその2冊の本のうち1冊にもそうした帯が巻かれており、その帯には「戦後80年」という言葉が書かれていて関心を惹く。成人の頃、ぼくは「戦後50年」という言葉をたしかに目にし、そこから見たことのない太平洋戦争の光景に思いを馳せたことがある。そこからさらに30年が経った。1995年、まだ大衆化されたかたちでインターネットがなかった頃のことを思い出す。ああ、スマートフォンもなくいまのようなソーシャルメディアが流行り始める前。時間がかくじつに過ぎ去ったのだな、と思い至る。

湾岸戦争についても思いを深め、当時国際貢献について頭をしぼってあれこれ考えたっけ。アジアの一国として、日本が国際政治にどうコミットしていけるか。そんなことをあれこれ考えつつ、仕事をこなして今日は終わった。