そんなこんなでイオンに行き、そこのフードコートで市役所の方に電話をかけて次期(今月半ばごろから始まる)英会話教室の参加申請を済ませる。その後は時間も空き、読みかけていた澤田直『フェルナンド・ペソア伝』の続きでも読もうかと思ったりもしたのだけど、ふと来週日曜の英語研究会の集いで輪読する英文の資料をまったくもってまだ読めていないことに思い至り、それでさっそく着手する。資料となる文章はどうやらあの真珠湾攻撃直後のフランクリン・ルーズベルトによるスピーチの文字起こしらしく、複雑な専門用語に右往左往させられつつそのレトリックに魅入られて読みふけってしまう。いま、ぼくたちはこのスピーチ(もしくはあの真珠湾攻撃)を歴史の一コマとして整理できるかもしれない。明白な事実として、アメリカと日本の関係は(もちろんきれいごとばかりではなく、複雑怪奇な利害関係もあるにせよ)友好的なものとして発展してきた。だがーーお世辞や社交辞令のつもりはなく、こうした機会でもなければ読むことのないテキストなのでこの機会に感謝しつつーー果たしてぼくが生まれる前、つまり1975年以前の歴史とはなんだったのかについて思いを馳せてしまう。
思い出すのは、去年ひょんなことから知って図書館で借りて手に取った本である林志弦『犠牲者意識ナショナリズム』のことだ。この本は、国民として集合的に「日本人はこんな善行(もしくは蛮行)を行った」と記憶することがどのようにしてナショナリズムの意識を形成していくか分析したものとぼくは受け取っている(だが、ご存知のようにぼくはただのトーシロなのでこの本については再読・再再読して深く深く学んでいかないといけないと思っている。それだけ深く付き合える力作だとぼくは確信している)。もしくは、こんなことも思い出す。ぼくが10代のころだっただろうか、メディアで「私たちは戦争責任を持つのでしょうか。過去の蛮行に対して、『私たち』が責任を追わなければならないゆえんはあるのですか」と誰だったかが問題提起をしていたと記憶する(高市早苗によるものだっただろうか)……今日の内容はなんだかほんとうに「きな臭い」ものとなってしまった。ぼくの国のダークサイドを記憶するべきか。引き受けるべきか。もしくは小市民として、地道に生活と向き合うべきでありしたがってそんなこと考えるべきではないのか(いや、そういう立場だってある。それはなんら嗤われるべきではないとさえぼくは思う)。
そんなこんなで、仕事に入る。休憩時間になり、スチャダラパー『タワーリングナンセンス』を楽しむ(掛け値なしの名盤と唸らされてしまう)。ロシアの友だちにクリスマスを祝うメッセージをお送りし、フランスやアメリカの友だちとテキストメッセージをやり取りし……そんなこんなで実にインターナショナルというかグローバルというか、そんな友情が生み出す関係を楽しむ(ぼくからすればそんなカッコいいものではなく、人付き合いに関して「たんに節操がないだけ」と言われるかなとも思ってしまうにせよ)。国境も世代も、時空も空間も超えたこのつながり……ただし、いみじくもスチャダラパーが指弾し嘲笑するような「日本は時代遅れ」「日本人にみられるのが恥ずかしい」となんら恥ずかしげもなく暴言を吐くようなスノッブにはなるべきではないかなとも思ってしまう。ぼくはさしあたってDiscordやMeWeなどで毎日毎日なんちゃって英語で語らうだけだけれど、彼らがぼくやぼくの国(日本)に見せる寛容さと親愛に関してはいつも感謝を禁じ得ない。