日記でもあれこれ・つらつらと書き続けてきたとおり、近々この市で行われる展覧の企画に出させてもらう絵を少しずつ書き続けているのだった(締め切りが来たる日曜日ということで、さすがのぼくも「おしりに火がついて」しまった)。むろんぼくに絵の才能・天分なんてこれっぽっちもあるわけがないが(だから子どもの頃、漫画家やイラストレーターにあこがれたりもしたのだけれど――当時はまだ「絵師」という言葉もなかったっけ――はやばやと見切りをつけてこうして文字を書き連ねる方向に舵を切ったのだった)、でもこの絵は自分自身について見極めていったい何者なのか知らんがために、別の角度から見直すために描いている。
ぼくは純粋無垢な人間ではない。人格者でもない。なんだかあまりにも当たり前すぎる話だが、きわめて大真面目に描いている。ただ、そうなろうとしているというかいっぱしの人間に近づくために生きている向上心は捨ててないというか……あるいは無垢を気取ろうとあれこれカッコつけて・もったいぶっていることも認めるにやぶさかではない(いまだってなんだかこんな御高説・珍説をひとくさりぶっているが、部屋の中にいるぼくはただのアホである)。こんな発達障害の性格が邪魔して、ぼくは過去に自分自身の中にあるよこしまでゆがんだ性格・要素をさんざん嫌った。端的に「クサい」というか、「腐っている」とまで思って。でも、そんな「腐っている」性格を捨てきれず……いや、これもきわめて大真面目に書いている。当時はまだ世界をオセロゲームやチェス盤のように白と黒というまったく対照的で相容れることのない二色で塗り分けないといけないと思い、浅知恵を振りかざしてあれこれ奮闘したのだった。
話がまたコロコロ変わるが、さいきんは音楽というとずっとブルースばかり聴いている。最初はエリック・クラプトンの『アンプラグド』なんかを聴いていたのだが、その後深みにハマっていってマディ・ウォーターズやライトニン・ホプキンス、ハウリン・ウルフなんかをかじるようにもなったのだった。これも浅い・ニワカもいいところの理解になるが、そんなブルースから学べるのは心の中が白と黒の二色の分離ではなく融合・アマルガムなのだと睨んでいる。ぼくの心の中もそんな邪念と崇高さのアマルガムでいっぱいだったらいいなと思っている。信じる自由があってもいいじゃないですか。
今日、職場で新しいジョブコーチとお会いした。これがそのジョブコーチとの初顔合わせで、前のジョブコーチ(これまでこの日記でさんざっぱら書いてきた、お世話になり続けている方だ)が献身的にぼくに付き添ってこられたか話した。その新しいジョブコーチにとって、ぼくはどうなんだろう。どう映るんだろうか。わからない。その後、時間があったのでさっそく買ったばかりの名刺ファイルにいただいた名刺をファイリングした。ああ、こうして名刺をいただく機会が増えて、酔っぱらって飲んだくれていた時代よりも確実に人間関係が豊かになるんだなと思ったりしたのだった……。
