単純な生活

Life goes on brah!

2024/10/08 BGM B.B. King & Eric Clapton - Key To The Highway

いったいぜんたい、人はどんなふうにぼくのことを見るんだろう。ぼくはどんな人間に見えるのか。たとえばグループホームの管理者・副管理者の方々から見ればぼくは1人の発達障害者の利用者で、彼らのホームを利用させてもらってお金を払っているという位置づけになるだろう(管理者さんからすれば「いや、『あなたのホーム』ですよ」となるかもしれないが)。前任者のジョブコーチ――と書くべきなのだろう――からすればぼくは会社で働く1人の勤め人となる(だが、マジメに働いていると見なしておられるかどうか一抹の不安をも覚える。後にも書くがぼくは聖人君子ではないので頭の中はふくれ上がる妄想・邪念で一杯だったりする)。読者諸賢からすればぼくはもしかしたら頼まれもしないのに・金も出ないのに毎日毎日日記を書き続ける人となろうか。むろん、ぼくは自分が何者なのか知り抜いている(知りたくもないのに)。あるいは、少なくとも知ろうとあれこれ試行錯誤して他の方々とミーティングをこなしたりして自分の輪郭を掴むことを怠っていないつもりである。だが、もうこんなこと自明の理かもしれないが、それでもあらためて考えるとほんとうの意味での自己認識・自己分析というのは至難の業である。

日記でもあれこれ・つらつらと書き続けてきたとおり、近々この市で行われる展覧の企画に出させてもらう絵を少しずつ書き続けているのだった(締め切りが来たる日曜日ということで、さすがのぼくも「おしりに火がついて」しまった)。むろんぼくに絵の才能・天分なんてこれっぽっちもあるわけがないが(だから子どもの頃、漫画家やイラストレーターにあこがれたりもしたのだけれど――当時はまだ「絵師」という言葉もなかったっけ――はやばやと見切りをつけてこうして文字を書き連ねる方向に舵を切ったのだった)、でもこの絵は自分自身について見極めていったい何者なのか知らんがために、別の角度から見直すために描いている。

ぼくは純粋無垢な人間ではない。人格者でもない。なんだかあまりにも当たり前すぎる話だが、きわめて大真面目に描いている。ただ、そうなろうとしているというかいっぱしの人間に近づくために生きている向上心は捨ててないというか……あるいは無垢を気取ろうとあれこれカッコつけて・もったいぶっていることも認めるにやぶさかではない(いまだってなんだかこんな御高説・珍説をひとくさりぶっているが、部屋の中にいるぼくはただのアホである)。こんな発達障害の性格が邪魔して、ぼくは過去に自分自身の中にあるよこしまでゆがんだ性格・要素をさんざん嫌った。端的に「クサい」というか、「腐っている」とまで思って。でも、そんな「腐っている」性格を捨てきれず……いや、これもきわめて大真面目に書いている。当時はまだ世界をオセロゲームやチェス盤のように白と黒というまったく対照的で相容れることのない二色で塗り分けないといけないと思い、浅知恵を振りかざしてあれこれ奮闘したのだった。

話がまたコロコロ変わるが、さいきんは音楽というとずっとブルースばかり聴いている。最初はエリック・クラプトンの『アンプラグド』なんかを聴いていたのだが、その後深みにハマっていってマディ・ウォーターズやライトニン・ホプキンス、ハウリン・ウルフなんかをかじるようにもなったのだった。これも浅い・ニワカもいいところの理解になるが、そんなブルースから学べるのは心の中が白と黒の二色の分離ではなく融合・アマルガムなのだと睨んでいる。ぼくの心の中もそんな邪念と崇高さのアマルガムでいっぱいだったらいいなと思っている。信じる自由があってもいいじゃないですか。

今日、職場で新しいジョブコーチとお会いした。これがそのジョブコーチとの初顔合わせで、前のジョブコーチ(これまでこの日記でさんざっぱら書いてきた、お世話になり続けている方だ)が献身的にぼくに付き添ってこられたか話した。その新しいジョブコーチにとって、ぼくはどうなんだろう。どう映るんだろうか。わからない。その後、時間があったのでさっそく買ったばかりの名刺ファイルにいただいた名刺をファイリングした。ああ、こうして名刺をいただく機会が増えて、酔っぱらって飲んだくれていた時代よりも確実に人間関係が豊かになるんだなと思ったりしたのだった……。