その頃、ぼくはがんこな思い込みを刷り込まれており(どこかから聞きかじったのだろう)、それに取り憑かれさえしていたのかもしれなかった。英会話教室(NOVAなど)に行くにはまず金がかかるものであり、したがってぼくにとうてい払えるようなものではありえない。そんな偏見があったことで、ぼくは「もうなにもかも、望むものはあきらめて生きていかないといけない」とまで思い込んだのかもしれなかった。人並みの「人間らしい」幸福、定型発達者が満喫している・できる幸せというものを根こそぎ。いや、なんだかあまりにも単純すぎてバカげていてあきれられたかもしれない。いまのぼくもバカだったなと汗顔の至りだ。でも、まだ人が「自閉症」「発達障害」「ASD」という言葉に慣れていなかった時期、したがってぼくが孤独で見捨てられたような気持ちで生きなければならなかった時期というものがあったのである。いまのコネクションなんて想像すらつかなかった時期のこと(つまり、これを読んでいるあなた――そう、そこの「読者」の「あなた」だ!――との「この」コネクションがなかった時期の話だ)。
しかし、時代というものは変わるのである(毎度おなじみ、ぼくがさんざんふだんから書き散らしている話になるが)。40の歳、ある自助グループの結成に立ち会いそこから活動にかかわっていくことで、ぼくは発達障害について学びかつ自分自身について深く知り直す機会を得ることになる。いいところもあり、悪いところも(もちろん)ある人間としてのぼく自身について。そんな中、たしかジョブコーチの方を通じてこの町に国際交流協会がありそこが英会話教室を活動の一環として主宰・運営していると教えてくださったのだった。とても安価で。だから、門を叩いてみる決心をしたのだった。
ぼくはただ、そうした「門を叩いてみる」ことがたんに学びのきっかけになれば、学ぶ機会を積めていろんな人とお会いできて視野が広がればと思ったのだった。もっとぶしつけに「外国人の方と話したい」とも思ったかもしれない(いや、いまはこんな「好奇心丸出し」「物見遊山」なことは言わないです)。だが、そこにおいて何人かの学び仲間の方々が英語を褒めてくださって、そしてリアルにおいて友だちになってくださったりもしたのだった(先生たちともLINEグループなどでつながらせてもらったりできた)。いやもちろん言うまでもなく、NOVAなどの私塾・英会話教室はカリキュラムにおいて効果的な学びをもたらしてくれるにちがいない。ぼくに言えるのは、ぼくがそうした国際交流協会の英会話教室で学びの過程において実に実り多き収穫を楽しめているという端的な事実だ。だからリアルの関係に実に深く感謝する。いや、もちろんバーチャルな関係の魅惑的な旨味も捨てがたいにしても。
