跳舞猫日録

Life goes on brah!

2022/06/04

ジュディスさんが今日、clubhouseのルームを開いていた。そこにお邪魔して話す。話題はSNSでのフォロー返しについてだった。フォロー返しを相手に要求するかどうか。私は、SNSの人間関係に「義理」を持ち込みたくない。ビジネスなら多少の「義理」は仕方ないかもしれない。だが、そうしたビジネスを離れたところでは「義理」で相手に気を遣わせるのは忍びないと思う。私の場合はフォローやリムーブ、ブロックは自由にやってもらって構わない。その代わり、私がそうしたフォロー返しを行うことは期待しないで欲しい。

ジュディスさんのルームでいつものように日記を朗読する。いつもジュディスさんのルームでは私は言葉と言葉の間に「間」を作ってしまう。ラジオではタブーとされているような「間」だ。ジュディスさんはそれを、私の自閉症ゆえのことと納得して下さっている。ネイティブ並みにペラペラ喋れないのが我ながらもどかしく思うこともあるし、ジュディスさんに気を遣わせることにも繋がっているのかなと思うのだけれど、そうしたたどたどしい喋りも認めることが「多様性」に繋がるのだと言われてから私は自分らしく喋ることを考えるようになった。人の温かさに感謝する。

今日は休みだったので西光寺に行く。そこで少し話をした。私が島田裕巳『オウム』を図書館で借りたということを話すと、相手をして下さった方も熱心に語って下さった。麻原彰晃という人物は、それが過激かつ拙劣なものではあったにせよ悩める人々(特に若い人たち)に「答え」を出した人ではなかったか、という相手の方の言葉が印象的だった。いつの時代もそういう「悩める」人たちは居るだろう。だが、オウム真理教がまだ健在だったあの時代、一方では援助交際がありもう一方では『完全自殺マニュアル』があった。そんな過激な時代を私もまた青春として生きたことを思い出した。そういえば、今日は六・四天安門事件の日。時代は少しずれるが、そんな不条理を身に沁みて体験したことを思い出す。

夜、とある方と今後の職場での働き方について話す。西光寺で行われている月イチのミーティングに、その方も参加されていろいろ話されていることを思い出した。集まりたい、という思いがあるかどうか。その思いがあるならたとえコロナ禍であろうと(もちろん、リモートなど手段は選ばなくてはならないにしろ)集まろうじゃないか……西光寺で話した相手の方のその言葉を思い出した。職場の件の相手の方は私がいじめられっ子だったことについて親身に話に乗って下さっていて、職場のこともいろいろ考えて下さっているようでありがたいと思った。だが、この話はまだつまびらかにできないのでここまでにする。今度は『オウム』を読めるところまで読んでからまた西光寺に行ってみたいと思う。