人生は上々だ

Life is good.

2022/04/19

川本三郎『老いの荷風』を読む。文字通り永井荷風の晩年について記した書物である。読み終え、老いを確実に体感してきた永井荷風の心象風景に思いを馳せた。その後『アンディ・ウォーホル・ダイアリーズ』を第6話まで完走する。こちらもアンディ・ウォーホルの晩年が描かれており、面白い符合だと思った。晩年をどう生きるか……私もこのロクでもない人生の晩年を生きているわけだが、前に読んだ関川夏央の『人間晩年図巻』のことが思い至り、死をどう受け入れるかも大事なトピックだなと思い至ったのだった。もっとも、仮に私の人生が100年だとすればまだ半分も生きていないと言われるかもしれないのだけれど。

ロクでもない人生。子どもの頃、女性にこっぴどく嫌われて、近寄るだけでもキモいと逃げられたりしたので、未だに女性に恐怖を感じるのだった。あるいは、自分って結局キモいんだろうなと思ったり……だから私は未だに恋人を持ったこともなければ、恋愛やそれ以上の関係を体験したと思ったこともない(心理的にも肉体的にも)。これから人生がどう動くかはわからないが、まずは自分自身が愛されるに足る存在だと思えなければならない。もちろん、このままの自分がそのまま愛されるなんて甘っちょろいことは言わない。それなりの身だしなみ(服装を整え、公共のマナーを守るなど)は大事だろう。だが、基本的な尊厳のレベルで自分が愛される可能性があると信じたいだけだ。

必死で自分のセンスを磨き、人よりもいい音楽を聴き、いい本を読むと息巻いていた頃が自分にもある。その頃の自分はまさに他人と競うために生きていたのだった。でも、そんなセンスの競い合いは今のTwitterで言葉尻を捉えてしばき合う人の真理にも似て殺伐としていて虚しい。いつの頃からか私は、自分自身を愛するようになり自分を大事に育てることを考えるようになった。この日記もそうだ。過去の自分から一歩歩んで、その成長を認める。断酒にしてもそう。自分の成長を愛し、自分に自信を持つ。そんなことが、いつの頃からかできるようになった。ああ、それも今の発達障害を考える会での、とある女性との出会いがあったから……。

朝、起き抜けにとある気になる夢を見た。その夢の内容は忘れてしまったのだけれど、ふと突発的に自分のサーバをDiscordで作りたくなった。ユーザーを増やして大型のサーバとして成長させるなんてことはこれっぽっちも考えていない。私はそんな管理能力を有するタマではない。ただ、ある種の広場を作りそこを開放したいと思うようになった。まあ、何事もノリで決める自分らしいと言えば言える。サーバ名はb-flowerという私の敬愛するバンドの作品名をモジッて「Pharmacy Andromeda」と名付けた。千客万来。興味がある方はお気軽にお知らせ下さい。

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