Back To Life

Back To Reality

2022/02/07

今日は遅番だった。昼に鶴見俊輔関川夏央『日本人は何を捨ててきたのか』を読む。なぜこんな本を読んでいるのか自分でもさっぱりわからない。鶴見俊輔の思想は前々から気になっていたが、関川夏央のインタビューに答えて語られる彼の言葉は平たく、そして刺激的で面白い。彼のマンガ論や書評、数多くの論考を読んでみたくなった。関川夏央が概してノスタルジックというか過去の日本人を憧憬を以て眺めているのに対して、鶴見俊輔は今を見据えて発言している。両者の相違がしかし、いいハーモニーを奏でているようにも感じられた。

鶴見俊輔は自分をタヌキになぞらえている。鶴見自身は綻びのない体系を作らない思想家と自分のことを自覚しているそうだ。綻びのない体系……どうにも難しい言い方になるが、要はガチガチに考えないで自分の思考回路の中に矛盾や遊びを存在させることを許す、というような意味なのだろう。人間臭さを恐れない、ということかもしれない。私もその意味では自分はタヌキなのかもしれないな、と思う。私自身矛盾だらけの人間だ。弱い意志の持ち主であり、根本的にエッチな人間であり小心かつ大胆な人間。だからなのか、鶴見にシンパシーを抱いた。

ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉が印象に残った。思想における「受け身」のことを言うらしい。自分の意見に対し異論をぶつけられた時に、それに闇雲に逆らうのではなく自然に受け入れ、自分自身の意見を柔軟に変えることだ。私自身、自分に頑固なところがあると思っているので、この「受け身」の姿勢を持つことは大事だと思った。私は柔道の経験があるのだが、受け身をみっちりやっておかないと技をかけられた時に怪我をする。それと同じで、無矛盾で無謬なんてことは人間としてありえないのだから意見を柔軟に変えて生き延びることが大事だろう。

鶴見俊輔の書いたものに対して興味を抱く。まずはマンガ論を読んでみようか……それにしても、鶴見俊輔を読んでどうしようというのだろう。思想家になりたいわけでもないのに……読書なんてただのヒマつぶしであり、それ以上の崇高な意味なんてないと思う。喫煙や飲酒と同じだ。自己完結した、「閉じた」快楽でありそれ故に何物にも代えがたい崇高さがある。70歳を越えて『寄生獣』に感銘を受ける鶴見俊輔の姿勢は、マンガを遂に理解できない自分も見習いたいと思った。若い感受性を持つ、実にヌエのような思想家だと思われる。「悪人」と自分を規定しているが、確かに「アウトサイダー」ではある。そこにシンパシーを感じる。