Back To Life

Back To Reality

2022/01/26

今日はオフだった。朝、図書館に行って赤瀬川原平『世の中は偶然に満ちている』を借りる。読んだのだけれど、タイトル通り著者が「偶然」出会った人々や出くわした出来事について記録した日記および夢日記をまとめたもので、なかなか面白かった。「偶然」起こる出来事について「そういうこともある」「それが『世の中』だ」とあっけらかんと受け容れ、楽しむことが貫かれており著者のそんな柔軟さが心地よく感じられる。この楽しむ姿勢があればこその「老人力」の発見にもつながったのだろう。私も愛すべき「偶然」を探したくなった。

この日記の方向性についても考えさせられた。私はいつも「思っていること」を書いているわけだけれど、たまには「起きたこと」も記録してもいいのではないかと思ったのだ。赤瀬川原平の日記の影響かもしれない。もちろん赤瀬川原平の日記のようなファニーな偶然なんてそうそう起こらないのだけれど、毎日毎日同じように自分の思いばかり書いていてもマンネリになるだけかなと思った。とはいえ変化に乏しい日々を過ごしているので、今日起きたことといえば永井荷風の『摘録 断腸亭日乗』を読み始めただけなのだけれど。

昼に髪を切ってもらい、夜に断酒会に行く。その後グループホームで眠りにつくまでの時間沢木耕太郎『路上の視野』を読む。いつも沢木耕太郎に関しては腐すような褒めるような曖昧なことを書いているが、私は彼の姿勢を尊敬している。対象に対してフェアに接し、他人の言葉や語彙を借りずに自分の思考能力を駆使して様々なことを考え、それを丁寧に言葉にしていくところに惹かれる。だが、それは私の考えることとなかなか相容れない。もちろんだから悪い、なんてことはないわけでその「相容れない」ところに逆に惹かれているのかもしれない。

昔のことを思い出した。20代でウェブ日記を書いていた頃、私は面白おかしく自分なりにサービスをすること、娯楽に徹することが読まれる秘訣なのではないかと思っていた。随分バカなことを書いたものだ(もうその頃のログは捨ててしまった)。評論家/コメンテーターを気取って……今はそんな気にはなれない。大切な人が読んで下さっているので、それでいいかなと思う。だから日記の内容を変えるというのはあくまで自分が自分なりになにか新しいことに挑む、そんな軽い気持ちから生まれるものとなる。明日からやってみよう。