跳舞猫日録

Life goes on brah!

リン=マヌエル・ミランダ 『tick, tick... BOOM! : チック、チック…ブーン!』

リン=マヌエル・ミランダ 『tick, tick... BOOM! : チック、チック…ブーン!』 を観る。いきなり妄想から語るが、この映画が公開されたのと同時期に同じくネットフリックスで邦画『ボクたちはみんな大人になれなかった』が公開されたことには単なるシンクロニシティ以上の意味があるのではないか、と勘ぐりたくなった。ネットフリックス側の戦略が、一方では日本のロスジェネが自分の青春を回顧する作品を作らせもう一方で『RENT』などのミュージカルのオリジネーターの青春を描く作品を作らせたのではないか、と思ってしまったのだ。今日は(も?)いつもながら私語りを存分に交えつつ語ろうと思う。


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この映画はジョナサン・ラーソンという演劇/ミュージカルに新風をもたらした書き手の自伝的作品であるらしい。彼はもうすぐ30歳になる。タイトルはそのまま30歳になるまでの秒読みを感じているという表現で(「チクタク……ドカン!」というくらいの意味だ)、彼が1990年のニューヨークでゲイの友だちと仲違いしたり、ミュージカルを追い続けて作品作成に夢中になるあまり恋人から別れられそうになる、というスジだ。それが、神経症的なキャラクターになりきるのが巧いアンドリュー・ガーフィールドによって主人公を演じられ、クオリティの高いミュージカルとして成立している。

それにしても、夢追い人の悲しくも可笑しいことよ。堅い仕事に就いてメシを確保した上でそれでも夢を追う……ということができないせいでダイナーのウェイターの身で薄給に苦しみながらひたすら長い時間(8年!)ミュージカル作品に取り掛かり、悪戦苦闘する主人公の姿はこちらがたじろいでしまうほどのリアリティがある。あまり品のいい表現にならないのだが「汗の匂い」すら感じると言ってもいい。このミュージカルにジョナサン・ラーソンという人が、そして製作者たちがどれだけの情熱を注ぎ込んだのか、それが伺える実に丁寧な作りになっていると思った。2時間ほどの作品なのにそれ以上のボリュームがあるようにさえ思った。

逆に言えばそこがこの作品の欠点でもある。なんというか、長ったらしいというかクドいのだ。削ろうと思えば削れる場所はなかったのか、と(私は素人考えしか走らせられないのに)思ってしまう。だが、ではどこを削るべきだったんだと言われたら困ってしまう。オペラのように過度に冗長に展開される歌唱も、同じネットフリックスのホットな映画と比べても引けを取らない青春パートもどこを切り取っても旨味が削げてしまいそうに感じられる。ならこの長さを持たせる工夫はどこかになかったのか……と言いたくなるのもこちらの素人考えというものだから悲しくなる。イヤミではない。生産的な批判を書けないだけなので……。

作品のテーマを大きく言えば「なぜ夢を追うのか」「なぜそこまでしてもミュージカルを諦められないのか」をジョナサン・ラーソンやその他の製作者たちが自己分析したということになるだろう。それは決して「金持ちになってウハウハ」というエゴイズムとマテリアリティ丸出しの目的だということではないはずだ。私たちは(本当に、ごく当たり前のことを振り返るが)子どもの頃から今を老いてそして死に向かっていく存在である。その「子どもの頃」に、まだ世界のことをなにも知らなかった時に直観で見抜いた真実を、理想の状態から現実化させていく生き物なのかもしれない。

だというのであれば、私はこの映画のジョナサン・ラーソン/アンドリュー・ガーフィールドを嗤うことはできない。彼の純粋な(真っ直ぐすぎる)眼は、時に恋人とのセックスや美味しい話に釣られて横道にそれることもあるかもしれないけれど、基本的にはストイックなのだ。そのストイシズムが成功をもたらす……と見せかけてこの映画はひと捻りされ、彼に対する悲しい現実/事実を告げる。どうせどう生きようと人生は儚い。だが、その儚さの中で夢見たこと、足掻いたことは決して無駄にはならない。そんなメッセージが伝わってくるような興味深い作品だと思った。