人生は上々だ

Life is good.

2021/11/23

今日、ぼんやり考えた。かつて成功を夢見ていた自分が居た。なんでもいいからビッグになりたい、と思って……でもそれはただ自分のエゴイスティックな目的のために成功したかったのかな、とも思った。幼稚な言い方になるのだけれど、自分が心地よくなるために成功したかった、と。もっと世界のこと、みんなのことを考えて、自分はなにができるか考えた方がよかったのかなとも思った。今のジョブコーチのことを考えているのは「今の会社で発達障害者が働きやすくなるために」ということなのだが、それでいいかな、とも考えてしまう。

私とはなんだろう、ということを相変わらず考えている。例えば私はこれまでに感じたことのない感情というものをこれから感じることはあるのだろうか、と。今まで私は46年生きてきたので、あらゆる感情を感じ尽くしてしまっていると言ってもいいのかなと思う。だが、例えば食べたことのないものを食べたらその味は当然味わったことのない味であるはずだが、私はその味を既存のカテゴリの中に入れてしまうのではないかな、と思ったのだ。「美味しい」「まずい」「塩辛い」「甘い」などの中に入れるのかな、と。

もちろんそれがいけないわけではない。そのように未知のものを既知の体験と照らし合わせるのが生きるということであり、なにかを判断するということだろう。感情に話を戻すと、私はこれからも感じたことのない感情を感じることはあるかもしれない。極端に言えば毎日、生きたことのない時間を生きているわけだからその都度新しい感覚を感じているのかもしれない。それを既知につなげて消化していく。それが人生なのかもしれない、と考えた。だから私は世界の深遠さに戦慄しなければならないのだ。私は未知の只中を生きる……。

最近はそんな風に脳と自分の意識のことを考えている。発達障害者として生まれたので、自分が感じているだけと思っていたことが他の人も感じていることでもありうると知ったのが嬉しい。過集中について、相貌失認について……でもこれを他の定型発達者に伝えるのがどうしたらいいのか難しい。江頭2:50が語ったという「生まれた時から目が見えない人に空の青さを伝えるにはどうしたらいいんだ?」という哲学的な問いを、私もまた感じている。この辛さ、この面白さを他の人にどう伝えたらいいんだろう。いつも悩んでしまう……。