跳舞猫日録

Life goes on brah!

2021/11/14

今日も休日だったのだけれど、特にこれといった活動もできずにのんべんだらりと過ごしてしまった。ブレイディみかこ『ヨーロッパ・コーリング・リターンズ』を少し読む。在英ライターによるイギリスおよびヨーロッパの政治情勢や経済について記された切れ味のいいエッセイで、読んでいてタメになる。ブレイディみかこの書くものを読むと、それがどれだけ救いようのない現実を描いていても元気が出てくるのだ。彼女の価値観の中に、「地べた」を生きながら常に上を見上げている姿勢が存在するからなのかもしれないと思った。

イオンに行くと、もうブラックフライデーの準備が施されていた。そうか、もう年末なのか……と思わせられる。今年はなにをやっただろうか……この日記を書き始めたこと、なかなか進行しなかったジョブコーチやサポーターを職場に介入させること、コロナ禍でもめげずにZOOMを使って友だちと色んな会議を楽しんだこと、などが挙げられるだろう。今はワクチン接種のおかげかコロナ禍は落ち着き、私も英会話教室に通えるようになった。だが、もちろん先のことは誰にもわからない。その時その時最善と思える選択をするしかない。

Twitterのことを考えている。アカウントは持っているのだけれど、最近どうもツイートする気になれないので積極的にTwitterをやっていないのだった。極論や暴論がウケるTwitterは、一歩間違えれば群集心理によって誘導される危険な場所でもあると思う。だから私は努めて乱暴な言葉を避けるようにしたいと思っている。Twitter論議されるフェミニズムや今の日本の政治、発達障害の話題などはホットなものであり議論に値すると思う。だが、かつての小山田圭吾バッシングみたいな現象には加担したくないと思っているのだった。

昔はTwitterを議論に有益な空間だと思っていた。私はとあるデパートの従業員でしかないわけだが、TwitterFacebookのようなSNSを利用し一個人で発表することで世界と対峙できる、そんな開かれた環境なのだ、と。それが完全に間違っているとは思わないが、今はどうもTwitterに「ムラ意識」を感じてしまう。少しでも諫言すれば「私の言うことが聞けないのか」「なぜ私に歯向かう」といなされてしまう、という。そんなトラブルはゴメンだ。そういうわけで、私はこれからもそんなにTwitterには出入りしないと思う。