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秋の日誌2

inujin.hatenablog.com

昨日ぼくは、市内の国際交流協会が行っている英会話教室で知り合った人たちとFacebookメッセンジャー機能を使ってミーティングをしました。そこでぼくたちは村上春樹の話をしました。韓国で、村上春樹が語ったとされる概念「小確幸」が流行ったとかいう話題を皮切りに色んなことを話しました。『ノルウェイの森』を読む外国人の人と雑談をしたけれど暗い話になってしまった、というエピソードが出ました。確かに『ノルウェイの森』は雑談向きの小説ではないかもしれません。全共闘世代の恋と死を描いたあの小説はセックスと自殺といった重い出来事が中心に据えられていて、シリアスです。もっと肩の力が抜けるエッセイの話なら盛り上がるのかな、と思います。

でも、そんな話をしたからかぼくは村上春樹のことを考えていました。実を言うとぼくは高校生の頃、『ノルウェイの森』がバイブルでした。文庫版が出たばかりだったので買って読み、そして舐めるように読みました。通して10回は読んだのではないかと思います(いや、「盛る」つもりはないのですが20回かも)。後にも先にも、あんな風に熱中して読んだ本と言えば他には丹生谷貴志『死体は窓から投げ捨てよ』くらいしか思いつきません。なにかに憑依されるようにして、ぼくは『ノルウェイの森』の世界にハマりました。ここ数年ぼくは『ノルウェイの森』を始め村上春樹の作品を殆ど読まなくなってしまいました。もっと面白い本があると思うからです。でも、『ノルウェイの森』の価値はぼくにとって変わりません。ぼくを作った本のうちの1冊です。

では、どうして『ノルウェイの森』がそんなにハマったのかなのですがこれに関しては色んな答え方ができます。まず、若かったぼくにとって村上春樹の語り口は相対的に洗練されたものとして映りました。ぼくが村上春樹の作品を読み始めたのは『1973年のピンボール』がきっかけなのですが、『ノルウェイの森』はリアリズムに寄せた文体と構成で恋(あるいは、恋以前の関係)が語られます。その語り口は透き通った、曖昧さのない文章によって成り立っていました。それがぼくを虜にしたのだと思います。こんな風に理知的に恋を語れる人が居るのか(だって、恋とは理知的なものではないのですから!)、と驚き、惹き込まれてしまったのでしょう。

ですが――ここからが本題なのですが――ぼくは『ノルウェイの森』の中にある種の「諦め」を見出したのだと思います。少しスジを語ると、『ノルウェイの森』は主人公の「僕」がキズキというクラスメイト、そしてその恋人の直子と三人で濃密な友情関係を結びます。ですがキズキは預かり知らない事情/動機により自死を選びます。その自死を「僕」は重く受け止め、そして消化します。呑み込む過程で、「僕」はこんなことを悟ります。

死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。

これは、ありふれた事実です。ぼくにも死は訪れます。あなたにも訪れるでしょう。人は生きている限り、いずれは死ななければなりません。あらゆる過程には終わりがあります。この宇宙ですら、いずれ終わると言われています。諸行無常……ですが、高校生の頃のぼく、差し当たってなんの健康上の問題も抱えていなかったぼくにはこの事実はまるで死刑宣告のようにも響きました。ぼくはいずれ死ぬ……だとすれば、生きることは時間の無駄なのでしょうか。なにをやったっていずれ訪れる死に勝てないとしたら、生きることは徒労なのでしょうか。もちろんそうではないと思います。いや、徒労だとしたとして、ならその徒労をやってはいけないという答えは論理的には導き出せません。人は徒労であろうが、やりたいことをやればいいのです。

話が脱線してしまいましたが、「死は生の」「一部」であるというテーゼを呑み込むこと、うまく受け容れることが高校時代のぼくにとっての一種のレッスンだったと思います。それは、死を受け容れ生を有限なものとして捉え、どこかで(春樹のクリアな論理とは違い、ぼくはこれは曖昧にしか書けませんが)「諦める」ことです。無限に生きることを「諦める」……でも生きる。それは、ぼくが46歳を迎えて人生の「秋」の時期に差し掛かった今(だからぼくは、このコラムにポール・オースターに倣った「秋の日誌」というタイトルをつけました)、ますます重要なものとしてせり出してくるかのようです。ぼくも、とうとう人生の「秋」を迎えた……夏休みはもう終わり……。

「諦める」……その高校時代のレッスンから今に至るまで、いろんなことがありました。ぼくは、まず社会人として真っ当に生きることを諦めました。真っ当な生き方とは、どこかの会社に入って出世して、結婚して家庭を築いて、子どもを育てて……という生き方です。ぼくは妻を持ちません。子どもも居ません。会社では未だに平社員同然のポジションだし、老後もきっと苦しい思いをするでしょう。でも、それはぼくが選んだ道でした。いや、発達障害者だから生きにくい思いを強いられて「あなた任せ」に生きてきた帰結がこの「現実」なのですが、でも立川談志に倣ってそんな現実を「正解」と受け容れています。だから、ぼくは多くのものを「諦める」ことにしました。

「諦める」……そんなぼくに、ではどんな別の/オルタナティブな生き方が可能なのかを説いてくれた存在が中島義道でありフィッシュマンズでした。やれやれ、今回はぼくは彼らの「人生を『半分』降りる」生き方を解説しようとしましたが、結局春樹の話しかできずに終わりました。年寄りの話は長くなりがちだからいけません。もしもっと書く気が向いてきたなら、ぼくは「人生を『半分』降りる」とはどういうことなのか書こうかと思います。